No.183679

TINAMI学園祭参加作品『大喇叭と司書室ともやしラーメン Ⅰ』

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短期集中投稿のTINAMI学園祭参加作品です。
締め切りも近いので、最悪間に合わない場合に備えて1話を取りあえず投稿します。
『学園祭』参加作品なのにまだ学園祭始ってないのは気にしない方向で。

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2010-11-10 05:19:56 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8717   閲覧ユーザー数:7492

校門の前、安物のビニール傘をさして、いつものバス停に立っていた。

見上げる夜空は、星一つとして見えない程に黒雲で埋め尽くされ、間断なく降り注ぐ雨粒が透明な天井の上で音を立てて弾けながら伝い落ち、水溜まりに多くの波紋を描き、路面に飛沫を撒き散らす。

袈裟に掛けたベルトで背負うのは、すっかり重さが背中に馴染んだ、プラスチックの楽器ケース。

中に仕舞われているのは『ラッパ』を意味するイタリア語『tromba』に、より大きいものを表す接尾詞『-one』が繋がれた、『大きいラッパ』を意味する金管楽器。

トロンボーン。

中学から数えて五年間、俺がずっと吹き続けて来た楽器。

 

そして、もしかすると俺が、もう二度と吹く事のないかもしれない楽器。

 

吹奏楽部に入部したのは、中学に進学して間もない頃だった。

軽い人見知りの傾向があり、この性格を何とかしたかった俺は、『部活動』という響きに少なからずの憧れを抱いていた、というのも手伝って中学校からは何かの部活動を始めてみようと思っていた。

この部活を選んだのは、ただ単に運動が苦手だったから文科系、そして俺の通っていた中学に文科系の部活はそれしかなかったから。

それも最初はトロンボーンではなく、トランペット志望だったりした。

トロンボーンになった理由は顧問の先生が『お前、向いてそうだと思ったから』以上である。

話が逸れ始めたので元に戻そう。

兎も角、最初は何となくで始めた部活だったが、日々を過ごす内に楽器にも愛着が沸き始め、実力が付くに連れて上手くなるのが嬉しくなり、徐々にそんな日々を楽しいと感じている事に気が付いた。

気の置けない友人も出来、本当に楽しい中学時代だった。

だから、高校でも続けようと思った。

自宅から通え、地方でも上位入賞は常連。時折全国大会にも出場する程で、その筋ではかなり有名。

学力もそこそこ高い所だったので、親からもあまり反論は無かった。

ただ単に、音楽が好きだった。

レベルの高い所でなら、もっと楽しい演奏が出来る、そう思っていた。

 

俺と皆の間に温度差が生じ始めていた。

高校の部活ともなると、本気でその道を志して入部してくる者も徐々に増え始める。

増してや強豪校ともなれば尚更だ。

土日祝日返上は当然で、年に休みは盆と正月程度。それこそ朝から晩まで、一日を構成する殆どを音楽室で過ごした。

そんな日々を毎日、同じ場所で、同じ面子で繰り返せば、普通の学校生活なら見過ごすような些細な事も、徐々に気になり始めるもの仕方が無い。

何時しか互いの温度差に気付き始め、俺は疎外され始めた。

『やる気あるのか』

『もっと真面目に』

何処か冷やかな視線。

棘のある言葉。

真剣にその道を志す者からすれば『ただ楽しければいい』という俺の言動は、どうやら癇に障るものらしい。

そんな日々に耐え切れなくなり、先日ついに退部届を提出した、という訳だ。

 

左手に提げたトートバッグには、演奏してきた楽曲の楽譜、折り畳み式の譜面台、手入れの為のクリームやスプレー等、部室に置いてあった私物が全て詰め込まれている。

底の部分が水分を吸って、弱冠重みを増しているようだった。

振り返った先、校舎四階の角に位置する音楽室の照明が灯っているのが見えた。

この時間なら、業務を終えた顧問の先生と、一月後に迫った学園祭のステージで演奏する曲の合奏が行われている筈だ。

「…………」

雨音に混じって音色が聴こえてくる。

最初は木管を主軸に優しく穏やかに、

徐々に金管が加わって音に幅と深みが増し始め、

やがて聴く者全ての心を躍らせる軽快なメロディへと変わってゆく。

「トランペット、上手くなってんなぁ……あ、ホルン間違えたな」

案の定、音楽は中断された。

今頃顧問の叱咤が飛んでいることだろう。

想像して苦笑いしたその時、待っていたバスがやって来た。

タラップを踏み、整理券を取って座席に座る。イヤホンを付け、プレーヤーから流れ始めたのは、つい先程まで聴いていた、学園祭で演奏する筈だった曲。

すれ違う自動車のフロントライト、その残像を見送りながら、何時しか自然と口ずさむ鼻歌。自分の担当だったパート。

沁みついてしまったこの習慣が、今はほんの少し忌まわしい。

僅か、視界が滲んだ。

俺はもう、あの合奏に加わる事は出来ない。

その事実を、今更になって痛烈に思い知る。

「……俺は一体、どうしたかったんだろうな」

自嘲気味に呟き、停止ボタンを押して、前の座席に額をぶつける。

俺以外に、乗客はいない。

寒さ以外の何かで、身体が微かに震え始める。

「これから放課後、暇になるな……」

朝早く起きる必要もない。

夜遅くまで残る必要もない。

それでも、一度身に着いてしまった習慣というものは中々に厄介で、きっと明日も、俺は早くに目覚めてしまうのだろう。

 

脳裏に木霊する音色。

 

降りしきる雨音。

 

行き交う自動車の駆動音。

 

いつもと同じ筈の、しかし胸中を寂寥感で埋め尽くすこの『合奏』を、俺はきっと忘れられないだろう。

 

あれから半月が過ぎた。

高校生活二度目の秋。

窓から見える青緑の山々が山吹や真紅の彩りに染まりゆくように、周囲の話題に受験や推薦、所謂『進路』絡みの単語が徐々に混じり始める。

そんな教室の喧噪を余所に、俺はただただ毎日を無為に過ごすだけだった。

親の勧めで取り敢えず学習塾に通い始め、練習に費やしていた時間を読書などの趣味に浪費する日々。

近所の古本屋で長編シリーズの漫画や小説を立ち読みしてみたり、

バッティングセンターで最高速のストレートが打てるまで、所々が凹んだ安物のバットを振り回し続けてみたり、

帰り道の途中にあり以前から週に一度は必ず通っていたラーメン屋にも頻繁に行くようになった。

決まって頼むのは味噌味のもやしラーメン。

炒められたもやしと豚挽肉だけがたっぷり乗った、財布にも割と優しいシンプルな、中華そばという表現の方がしっくりきそうなその大好物くらいしか、俺の興味を惹くものは無かった。

何かが欠けていた。

胸の中心に漂い続ける虚無感。

それに拍車を掛けるのが元部活仲間達。

流石に学年が違うとそうそう会う事はないのだが、同学年ならばどうしても廊下ですれ違うくらいはしてしまう。

平静を装うものの、何処かぎこちない態度。

一言二言とはいえ、会えば必ず交わしていた挨拶も、当然ありはしない。

過去に俺と同じように退部した者もいたが、彼等もこんな心境だったのだろうか、と思ったりもした。

 

改めて思った。

例え辛かろうと何だろうと、吹奏楽部は、トロンボーンは、俺の中で当然になっていたのだ、と。

 

「先輩、先輩」

「っ……あぁ、松岡か」

目の前で振られる掌と自分を呼ぶ声に、俺は我に返った。どうやらまた呆然自失状態だったらしい。

「もう閉館時間、とっくに過ぎてますよ」

「え」

言われて初めて、俺は周囲を見回した。

規則的に並ぶ本棚に詰め込まれた、数多くの蔵書。

少し古ぼけた紙の匂い。

窓から射し込む陽光は既に無く、蛍光灯の人工的な射光が、新築の清潔感溢れる室内を明るく照らしていた。

紛れも無く図書室である。

この学園では生徒一人一人に必ず一つ以上の部活動か委員会が義務付けられており、俺は吹奏楽部の他に図書委員も掛け持ちしていた。昔から読書は好きだったし、小学校からずっと続けているからか、これも俺の中の当然の一つだったりする。

そして、

「しっかりして下さいよ、もう」

俺の目の前で唇を尖らせ嘆息する女生徒。

身長は平均的に見ても低い方で、性格は実に明朗快活。

赤縁眼鏡が特徴的な彼女も俺と同じ図書委員である。

名前を、松岡幸恵という。

「最近どうしたんですか。部活辞めちゃってから、ぼぉっとしてる事、多いですよ」

「悪いな……っつかお前、今日は放送委員じゃなかったのか」

彼女は図書委員と放送委員を兼任している。

今日はそちらの活動日だった筈だが。

「今日は、割と早くに終わったんです。学園祭の準備期間中に流す曲のリクエストの集計だったり、『スクエア』で使う機材の使い方だったり、そういう話だけだったので」

「あぁ、成程」

『スクエア』というのは毎年放送委員会が学園祭にて開催している体育館でのカラオケ大会もどきの事だ。曲のリクエストは勿論、自分でCDを持ち込んで音源にする事も出来たりする。

「ですから、先輩の仕事、手伝おうかなって」

「……は?」

思わず訊き返す俺の顔を松岡は見返して、

「だって、先輩一人でやる積もりだったんですよね」

「あ、あぁ」

松岡はこう言うものの、図書委員の仕事はそんなに多くない。

返却された本を確認し、元の本棚に戻す。後は図書室の掃除、精々それくらいだ。

基本は基本当番制で、各曜日毎に決められた四人を更に昼休みと放課後の担当に分けて決められている。

なので、本来であれば今日も俺の他にもう一人当番が居る筈なのだが、先日委員会の引き継ぎが行われたばかりなので、俺の相方だった三年生の先輩は既に図書委員ではなくなっている。従って、今日の放課後の当番は俺一人だった。

「なら手伝いますよ。さぁ、早く終わらせちゃいましょう」

笑顔でさも当然のように言う彼女に、俺は自然と頷き了承していた。

 

「先輩、返却された本、全部戻しましたよ」

「あぁ、有難う」

フローリングの上を滑らせていたモップを一端止め、彼女に答える。

「何ならもう帰ってもいいぞ。バスの時間、そろそろじゃないか」

「いいですよ、別に。掃除もそろそろ終わりますし、最後まで付き合います」

「いや、俺はこの後もやる事あるし」

「? 何かする事、ありましたっけ」

埃を纏め、塵取りでゴミ箱に捨てる。

そのまま掃除道具を用具箱に仕舞って、俺は図書室に隣接した司書室の鍵を開け、

「これの整理があるからな」

部屋の中央、据えられた机の上にはお堅い文学書から漫画のコミックス、児童用の絵本から小難しそうな参考書まで、ジャンルもサイズも新旧も問わず、ありとあらゆる大量の本が、文字通り山のように積み重ねられていた。

「これって『古本市』に集められた本ですよね」

「あぁ。これのリストを作る事になった」

「え、先輩、立候補したんですか?」

「あぁ」

『古本市』というのは毎年図書委員が開催している、文字通り古本の市である。

生徒から要らなくなった本を募集し、それを学園祭で売り、売上で新しい本を入荷する。

売れ残った本は選別して図書館の本棚に追加されるか、委員の中で欲しい人がいたら無料で譲り受けられたりする。

ちなみに、例年の売り上げはあまり芳しくないらしい。

にも関わらず毎年ここぞとばかりに処分として利用する生徒が結構な人数いるものだから、集まる量だけは凄まじく、これら全てを確認、リストアップするのは図書委員の間でも煙たがられる作業の一つだ。

故に毎年立候補を募り、有志の者が作業を行う事になっている。

「えと、ちなみに、他に立候補した人は、」

「いや、俺一人」

「……これ、明らかに今日だけじゃ終わりませんよね」

少々呆れ気味に溢す松岡。

『まあな』と俺も同意しながら、作業内容を確認する。

本の題名や作者等を記録し、ある程度ジャンル別に分けながら机の傍らの段ボール箱に詰めていけばいいらしい。

「どうして、やろうと思ったんですか」

「……暇潰しだよ、暇潰し。部活辞めてから、毎日暇になっちまってさ。……何か、やってたいんだ」

少し躊躇ったが、言ってしまう事にした。

「どうせ塾まで時間はあるし……俺、あんまし友達いないし、な」

苦笑と共に告げる、苦し紛れの言い訳。

事実である分、余計に自分で気が滅入った。

吹奏楽を初めて今年で五年目になるが、俺の人見知りは正直あまり改善されていなかった。

元々広く浅い付き合い方が苦手なせいもあってか、クラスで話す相手も、体育等の実技科目で組む相手も、大体決まっている。

『情けないな』と胸中で溢していると、

「それじゃあ、私が手伝ってもいいですか?」

「……は?」

唖然とする俺を余所に、松岡は話し出す。

「流石に一人じゃ大変ですよ、これ。二人でやれば、作業も時間も半分になるじゃないですか」

「確かにそうだが……あんまり遅くなると、親御さん心配するだろ」

「それ、先輩だって同じですよね?」

「いや、俺は真っ直ぐ塾に行くから……」

「兎に角、私も手伝いますからね。えっと、どれから始めればいいのかな……」

俺の言葉に一切耳を貸さず、松岡はソファに鞄を置くと、本の山を少しずつ崩し始める。俺が呆然としている間にも松岡は作業を進めてゆき、

「ほら、引き受けたのは先輩なんですから、早く初めて下さい」

「……あぁ、解ったよ」

その言葉に俺は全てを諦め、作業へ没頭し始めるのだった。こうして俺は学園祭までの二週間の間、放課後の時間を松岡とこの司書室で過ごす事になったのだ。

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

 

『学園祭』

いつもと違う非日常の学校生活に皆が心を躍らせる日。

しかし、必ずしも全員が歓んでいる訳ではないのです。

万人に通用する正義などないように。

万人を納得させる法律などないように。

少なくとも、俺がそうだったように。

この『大喇叭と~』は俺の実体験をベースに書き下ろした作品です。

所々フィクションが混じってはいますが、『俺』の胸の内は当時の俺が抱いていたそれとほぼ等しいと言っても構わないかもしてません……なんてね。

信じるかどうかは、皆さんにお任せします。

違う形でこの作品を読むことになる人も、この中にはいるかもしれません。

その中には、俺を知っている人もいるかもしれません。

もし、俺に会った時は『昔、この人にこんな事があったのか』と密かに笑ってやってください。

 

では、次の更新でお会いしましょう。

『盲目』『蒼穹』も鋭意執筆中ですので、そちらの方もお楽しみに。

 

でわでわ。

 

 


 
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