No.701035

艦これファンジンSS 「指輪の意味」

Ticoさん

むしゃくしゃして書いた。反省はしていない。

というわけで、とうとう書いちゃいました、艦これのファンジンのショートショート。

最初は「こっぱずかしいのをお願いします」とフォロワーさんに言われて「それなら長門と提督のデートを書いてやるわーい」と取り掛かりました。

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2014-07-15 20:07:51 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1527   閲覧ユーザー数:1472

 

 ここは、甘味処「間宮」。鎮守府に詰める艦娘たちの憩いの場である。

 その店の一角に、一人の艦娘が座っていた。

 さすがに艤装ははずしているが、飾りにも似た頭の電探と、身に羽織る衣装がただの女の子ではないことを如実に示していた。長い伸ばしっぱなしの黒髪が目を引くその艦娘は、味わうというよりも燃料補給かなにかの勢いで、あんみつをほうばっていた。

 ちなみに五杯目である。給仕する間宮の顔がそろそろ青い。

「ここにいたのか、長門」

 甘味処の入り口から入ってきた男が、くだんの艦娘にそう呼びかけた。

 年の頃は三十ほどに見えたが、苦労人独特の雰囲気が彼を実年齢よりもずっと落ち着いた印象に見せている。白い海軍服をぱりっと着こなしたその男に呼びかけられた艦娘は、彼の顔を見ると口にほおばっていたあんみつをごくり、と一息で飲み干した。

「昼の演習の監督が終わったのでな、今日はなかなか苦労したので自分をほめていた」

「君は自分をほめるときはあんみつをバカ食いするのか」

「食えるときには食っておかねばな」

黒髪の艦娘――長門はそう言うと、にやっと不敵な笑いを見せていた。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されなすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 ここは、そんな艦娘たちの本拠地である数ある鎮守府のひとつ。

 「提督」はその鎮守府で指揮をとる指揮官であり――そして、長門の名を持つ艦娘は、ことこの鎮守府においては、誰が呼んだのか「艦隊総旗艦」の二つ名で知られていた。

 

「わたしを探していたのか、提督?」

「ああ、次の限定作戦のことだ――間宮さん、俺には塩昆布とお茶をくれ」

 そう注文を出した提督に、長門はやれやれという感じでため息をつく。

「相変わらず好みが枯れているな」

「なかなか甘味という気にはなれんよ。次の限定作戦を考えるとな」

「なにか問題でも?」

「大本営から出てきた指令書の概要はちらと見せたな。どう思う」

「……われわれ戦艦勢の出番はすくないかもな」

 答えた言葉にかすかに悔しそうな色をにじませて、長門が答えた。

 それに提督はうなずいてみせ、

「そうだ。次の戦いは航空主兵になる。空母群の活用がカギになるだろう」

「だがうちの鎮守府では問題ないのではないか? 正規空母の艦娘なら、一航戦の赤城と加賀、二航戦の飛龍と蒼龍、それに五航戦の翔鶴と瑞鶴が揃っている。皆練度は高いし、まず問題はないと思うが」

「空母はな。問題は空母だけでは戦いはできんということだ」

「――提督が懸念しているのは随伴艦のことか」

 長門の問いかけに提督は苦い顔でうなずいた。

「駆逐艦は問題がない。雪風、島風、夕立、時雨と一線級の艦娘たちがそろっている。問題は軽巡が必要となった場合、編成に間に合うかどうかだ」

「すぐに動かせる軽巡の艦娘は……五十鈴と神通か」

 鎮守府近海で対潜任務に当たっている二人の名を長門は出した。右手で指を折りながら数えて、そこで止まってしまう。

「なるほど、たしかにいないな」

「いま川内を集中育成中だ。おそらく限定作戦までには練度は間に合うだろうが、それでも三人だ。いささか心もとない」

塩昆布を口に放り込むと、やや乱暴な噛み方でそれを飲み下し、提督は茶をすすった。

「最低限で艦隊が二編成はほしいが、いまの数では足りそうになくてな」

「北方海域で矢矧と能代が訓練中と聞いたが?」

 長門は軽巡でも最新鋭と名高い阿賀野型の二人の名を挙げた。

 だが、提督は肩をすくめて、軽くため息をついた。

「まだまだだ。見込みはあるが練度がまったく足りない。あの二人にはもうちょっと経験を積んでもらわないと限定作戦に駆り出すのは危険すぎる」

「相変わらず慎重だな」

「俺はどの艦娘も失いたくはないのでね」

 提督はそういうと茶を飲み干し、とん、とテーブルの上に置いた。湯呑みを置く音が少し大きい。その様子に長門は姿勢をわずかに正した。秘書艦を長らく勤めた経験もある彼女は、こういうときの彼が次になんというかおのずと分かっていた。

「そこで君の意見を聞きたい。忌憚のない意見を聞かせてくれ」

 彼がこういうときは本当に艦娘の意見を必要としているときだ。概ね提督は自分で考え自分で判断し、そしてその思考結果のみを艦娘たちに伝え、指揮する。通常、そこの艦娘の意見が介入する余地はない。ただ、ごくまれに、一部の艦娘のみに意見具申を求めることがあった。そして、それが求められる艦娘はこの鎮守府では限られている。

 長門は脳裏に鎮守府に所属する艦娘たちのリストを広げた。「艦隊総旗艦」と呼ばれるとおり、必要であれば提督の代理で指揮をとることもある裁量をもつ彼女には、すべての艦娘たちの練度、性格、戦闘の癖が頭に入っていた。

 少しの熟慮のあと、長門は提督にこう告げた。

「――夕張と那珂を遠征艦隊から呼び戻してはどうだ?」

「東京急行のあの二人をか!」

 盲点だった、という表情で提督は声をあげた。うなずく長門。

「遠征派遣が長いために実戦経験はあまりないとはいえ、練度的には十分なはずだ。くわえて夕張は軽巡ながらもひとつランクが上の重武装ができるし、那珂は改二への改装が済んでいる。第一線に出しても差し支えはあるまい」

「ふうむ」

 なお思案顔の提督に、長門は少し目を細めて言葉を続けた。

「遠征派遣のことを心配しているのか? どうせ限定作戦が始まれば支援艦隊の編成でそれどころではなくなるよ。それよりは浮いた戦力を有効活用すればいい」

「なるほど……あの二人は遠征固定で考えていたので、考えていなかったが、たしかに選択肢としては十分だ」

「川内を含めればこれで五隻だ。一艦隊に軽巡が何隻いるかわからんが、これで二編成から三編成は組めるだろう。あとは提督の采配次第だ」

「そうだな、うん……ありがとう、長門」

「どういたしましてだ」

「お礼にあんみつをご馳走させてもらおう。間宮さん、もう一杯」

「はーい……でも提督さん、そちらのお嬢さん方にはよろしいんですか?」

 給仕姿の間宮に首をかしげられて、提督は後ろを振り返った。

 

(じーっ…………)

 提督たちから二つ離れたテーブルに隠れるようにして、小さな艦娘たちが四人、提督と長門たちを見つめていた。ただしくはにらんでいたというべきだろうか。四人が四人ともおそろいのセーラー服を着込んでいる。外見は長門よりずっと幼い。

 長門が二十前後だとすると、彼女達は十二をようやく超えたあたりだろうか。

 小さな身体に無骨な艤装をつけたままだが、もともとの小柄な体格に加えて、艤装も大げさではないささやかなものなので、甘味処でも邪魔になるほどではない。

 見る人がみれば、彼女たちが駆逐艦の艦娘であることが分かっただろう。

「第六駆逐隊のみんなか。遠征からもどってきたのか、暁、雷、電、響?」

 暁――あかつきと呼ばれた艦娘はそれには答えない。机に身体を隠して目だけを出しながら、ジト目で提督たちをにらんでいる。その横にいる茶髪の少女――雷(いかずち)は腰に手を当て、いまにも文句が口を突いて出そうな様子。その横で不穏な暁と雷にそわそわしている様子なのが電(いなずま)と呼ばれる艦娘であり、その三人の横に達観した様子でたたずんでいる銀髪の艦娘が響(ひびき)と呼ばれている。

 駆逐艦の艦娘には姉妹となっているケースが多いが、第六駆逐隊と呼ばれるこの四人一組は同じ遠征艦隊に配属されていることもあって、特に結束が強い。いわゆる仲良し四人組である。その一同がそろって――正確にはその中の二人だが――がいかにも提督に物申したげである。

「……あんみつ、食べるか?」

 少し表情をゆるめて長門が声をかける。その言葉に暁はぶんぶんと首を振り、雷はきりと目を吊り上げると口を開いた。

「なんで甘味処で作戦会議なんかしてるのよ、提督」

「いや、まあ、その……あー、すまん、つい、な」

 提督は頭をかいて苦笑いしてみせた。

「俺も長門も、なかなか予定があわんからな。見つけるとつい仕事の話を持ち出してしまう。たしかに甘味処で話す内容ではなかったな、すまん」

そういって軽く頭を下げてみせた提督に、今度は暁が口を開いた。

「そういうことを言ってるんじゃないのよ、提督」

「はわわ……暁ちゃん、やっぱりやめたほうが」

「無駄だよ。私も二人の言い分はわからなくもないし」

 うろたえ声の電に響がきっぱりと言う。

 困ったのは提督と長門である。二人とも顔を見合わせると、異口同音に

「「なにか気の障ることでも話したか?」」

 そんな二人に、雷はびしっと指をつきつけて言ってのけた。

「色気がないのよ! 二人とも!」

 その言葉に、提督も長門も目が点になった。

「……は?」

「……なに?」

 思わず聞きかえす二人に、暁と雷がたたみかける。

「二人とも会話に艶っぽさがないのよ。まるっきり仕事の話じゃない」

「二人の仲なのに、上官と部下みたいな会話はレディーから見るとどうかと思うわ」

「もうちょっと仲良くおしゃべりしてもいいはずなのに」

「長門さんも男前すぎるのよ」

 けんけんとまくしたてるちびっ子二人に提督が困惑顔で問い返す。

「すまん、その。よく話が見えんのだが」

「なぜわたしと提督が艶っぽい会話をしなくてはならんのだ?」

 長門も首をかしげてみせると、響が表情を変えないまま、提督と長門の手を指差した。

「じゃあ、二人とも……その手の指輪はなに?」

 言われて思わず自分達の左手に目を落とす提督と長門。

 そこには確かに薬指に銀の指輪がきらりと輝いていた。

 

 

 「ケッコンカッコカリ」という仕組みが存在する。

 大本営から発表当初は「なぜカタカナなのか」「なぜカッコカリなのだ」と提督や艦娘たちから大洋ひとつぶんの疑念が吹き出たが、時間を置いた今では正式名称は省略され、単に「ケッコン」と呼ばれているものである。

 艦娘と特別な絆を結ぶ、という実にあいまいな形でぼかされているが、大本営に提出する書類一式に、提督と艦娘の双方の署名を入れ、対となる指輪の取り交わしを行うそれは、その言葉の響きもあいまっていやがおうにも人生における一大イベントのそれを思い起こさせるものである。

 鎮守府によっては複数人の艦娘と取り交わし「ゴジュウコンカッコカリ」になっている豪の者もいるともっぱらの噂ではある。しかしながら、少なくともこの鎮守府では、提督とケッコンカッコカリしているのは長門しかなく、他に有力視されている艦娘がいながらも提督自身が頑として二人目や三人目を否定していた。

その意味では、長門は鎮守府の艦娘たちの中でも特別な存在であるといえ、かねてから提督が寄せていた信頼の大きさや、長門自身のリーダーシップもあって、ケッコンカッコカリしてから程なくして、誰が呼んだのか、この鎮守府では長門には「艦隊総旗艦」の二つ名がついたのである。

 

「二人ともケッコンした仲でしょう? なのになんであんな会話なの?」

 憤懣やるかたないといった様子で雷が言う。暁が同調してうなずき、電はおろおろしながらしかし提督たちから目を離そうとしない。響はというと肩をすくめてみせた。

「なんでと言われてもなあ……」

 提督は長門の方をちらとみやりながら答えた。

「俺と長門が乳繰り合ってる様子を見たいのか、お前たち?」

「ちちくり……っ」

 電が顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせる。

 他の第六駆逐隊の面々も程度の差こそあれ、こっぱずかしさで頬が赤くなっている。

「提督、もっと言葉を選べ」

 あきれ顔でツッコミを入れたのは長門である。

 ちなみにちゃっかり、おかわりぶんのあんみつを手に取っている。

「そ、そういうことじゃないけど! 二人はケッコンしてるんだから!」

「やっぱりそういう仲良しな会話をすべきだと思うのよ!」

「そうよそうよ、もっとこう、恋人らしい……」

「ら、ラブラブな会話をしてくれなきゃ!」

 まくしたてる間に暁と雷も見る見るうちに顔を真っ赤になっていく。

 まるで分からんという顔をした提督は、茶を飲もうとして湯呑みが空なのに気づき――しばし逡巡した後、そっと第六駆逐隊のちびっ子たちにたずねた。

「……で、俺に、いや、俺達にどないせいというんだ」

 困り果てたといった感じの提督の声に、響が落ち着き払った声で宣言した。

「二人でデートしたらどうかな」

 それを聞いた瞬間、第六駆逐隊の面々がぱあっと明るい表情になったのに、提督は思わず鳥肌が立つのを感じた。

「……デートだと?」

「そう、二人ともケッコンカッコカリしたけど、その後、なにもそれっぽいことしてい ないと思う。仕事仕事で会っても話す内容は作戦のことばかりだし。ちょっとシチュエーションを変えてみるのもいいと思う」

「そうよ、デートよ、デートしなさい、二人とも!」

 雷が朗らかな声でうなずく。暁がぱあっと顔を輝かせて、

「じゃあセッティングはレディの私が素敵なコースを用意してあげるわ!」

 やいのやいのと盛り上がり始めた第六駆逐隊の面々をみやりながら、それまで黙々とあんみつの処理にかかっていた長門がぼそっとつぶやいた。

「提督」

「なんだ」

「この週末の日曜なら休みを取れるのではないか?」

「ちょ、君、やる気だね!?」

「デートで何を期待されているのかいまひとつ分からんが。教導書はあるのか?」

「……そういうことは妹さんの陸奥に聞け。俺からは何も言えん」

 冗談を言っているふうでもない長門の言葉に、提督は肩をすくめてみせた。

 

「そろそろ待ち合わせ時間か」

 時計をチェックした響が物陰からそっとうかがう。視線の先には提督がすでに着いていて少々落ちつかなげな様子なのが見てとれる。

「提督の方が先に着いたのね」

 同じく物陰からうかがいながら雷が肩をすくめてみせた。

「まずは合格だけど、デートの日まで軍服ってのはどうなのよ……」

 その雷の言葉を聴きながら、少々ふくれっつらなのは暁である。

「不満だわ……私が一生懸命こめてつくったデートプランがこんなに端折られちゃうなんて」

 暁の手元にはやけに気合の入った『デートのしおり』なる冊子がある。手作り感満載ではあるが、相当の手間がかかったといえるそれは、しかし、一箇所だけ付箋が貼られている状態であった。

「仕方がないのです。提督は昼から帝都へ会議に出張、長門さんは留守を預かって監督役なのです。午前中ぐらいしか時間がとれないのです」

「それはそうかもしれないけど……」

 ほほをふくらませてみせる雷に、電は首をかしげてみせた。

「あの、雷ちゃん、どうしてそんなにムキになるのです?」

「べ、別にムキになってなんか……」

 顔を赤くしてそっぽを向いてみせる雷を見やりながら、響がそっと答えた。

「ケッコンした長門さんにはそれっぽくしてもらわないと、雷としては立つ瀬がないんだよ」

「ちょ、響、そんなんじゃないから!」

「違うのか?」

「しっ、三人とも、長門さん来たわよ」

 暁の言葉に、小声で言い合っていた三人は、ほぼ同時に覗き見スタイルに戻った。

 

「待たせたな、提督」

「おお、長門か……って、おおお」

 提督は思わず驚きの声を上げた。

 待ち合わせの場所に現れた長門は、もちろん艤装などつけておらず、艦娘独特の衣装でもなかった。

 色気のある格好ではない。白いティーシャツにデニムのホットパンツ、すらっとした脚の先にはスニーカー、そこにライムグリーンのウィンドブレーカーを羽織った姿は、デートに行こうという姿というより、これから釣りにでも行こうかという格好だったが、持ち前の飾らない端正な顔立ちもあいまって、

「なかなか……似合ってるな」

 感嘆の声をもらした提督に、長門は肩をすくめてみせた。

「そうか? 私は艤装をはずしたままで来ようと思ったんだが、陸奥のやつに止められてな。これでも苦労したんだぞ、あいつ、私にワンピースを着せようとして聞かなかったからな。結局、これも自分で選んだ」

「そんなに長いスカートがだめなのか」

「いざというときに即座に動けん。常在戦場の心構えは大事だ」

 そう言い放ってから、ふと長門を提督の顔を覗き込んだ。

「もしかして提督はそちらのほうがよかったのか」

「いや、その、見てみたくはあったが……いまの格好の方が長門には似合っているぞ。 それに普段の艤装姿を見慣れているから十分に新鮮だ」

「そうか。ふふ、ありがとう――ところで」

 長門は目の前の建物を見上げた。

「暁が選んだ攻略海域はここか?」

「別に戦場ではないんだが……まあ、あながち間違いでもないか」

 二人が見つめる看板には、『レインボーシーワールド』の文字が躍っていた。

 

「水族館って定番のチョイスね」

 館内へ入っていく提督と長門の二人を、あとからこっそりと追いかける影四つ。

 もちろん第六駆逐隊の面々である。

「初心者向きにはいいのよ? 順路を追っていけばいいだけだから」

 雷の問いに暁がえへんと胸を張ってみせる。

「暁ちゃん、さすがなのです」

「そりゃレディーですもん。この程度のイロハくらい、どうってこと……」

「暁、その隠し持ってる本はなんだ?」

 響の問いに暁がぎょっとした顔になって、

「な、な、なんでもないわよ」

「『恋愛 虎の巻』……?」

 目ざとくタイトルを読みとった電が口にすると、暁は顔を真っ赤にして

「あー、あー、あー。あかさたなー!」

「もうちょっと、三人とも静かにしなさいよ。気づかれちゃうじゃない」

 先頭を行く雷が振り返って眉をひそめる。

「それにしてもあの二人、何をしてるのよ。腕くらい組みなさいよ……」

 

「おお、これは圧巻だな」

 水槽を前にした長門が感心した声をあげてみせた。

 二人の前には、壁一面がアクリル張りの水槽が広がっていた。天井までたっぷり六メートルはあろうかという高い天井まで透明な水中模様が展開され、その中を弾丸にも似た魚が勢いよくぐるぐると泳いでいた。

 パンフレットを見ていた提督がそれに応える。

「ここの名物らしいな。マグロも回遊できる巨大水槽だそうだ」

「なかなか見ごたえがある。こういうのはわたしは好きだぞ」

「お気に召したのならなによりだ。暁に感謝だな」

 そういうと提督は長門の顔をちらと見やった。彼女の目はきらきらと輝いていたら、そのときめきようは自分が幼い頃に軍艦を見たときに感じたときと相通じるものがあるような気が提督はしてならなかった。

「外洋に攻略に出たときにマグロの魚群は見たことがあるのだがな」

 長門がときめきを隠せない声で言う。

「海が平和なら、このまま釣りでもしたいと思ったものだ。さぞかし釣り甲斐があるだろうと思ってな」

「君の場合はカジキとかでも似合いそうだけどな」

「ああ、いいな! ああいうのと格闘するのは胸が躍る」

「俺としては食いでがあると思ってしまうがねえ」

「キャッチアンドリリースなどは言わないぞ。釣ったものは食うのが礼儀だ」

「……たのむから鎮守府に帰ってからマグロを解体したいとかいうなよ。あれまるごと一匹高いんだからな。経費じゃ落ちんぞ」

「では今度釣ってこよう。それなら異論はないな?」

「マグロじゃなくて新しい艦娘を拾ってきてやってくれ」

 やれやれという表情で提督は思わず天井をあおいだ。

 

 「……ぜんっぜん、それっぽい雰囲気にならないじゃないの」

 ぐぬぬ、と歯ぎしりをこらえる表情で雷が言う。もちろん、物陰から提督と長門をうかがいながらである。

「だめよ、提督も! もっと距離を縮めないと! 手をつなぐとか腕をからめるとか!」

「雷だったらそうしてほしいの?」

 首をかしげる響に、雷は顔を真っ赤にして、

「な、ちが、そういう意味じゃなくて!」

「ふうん」

「響! あなたわかって聞いてるでしょ!」

「どうかな」

 漫才を繰り広げている一方で、落ち込んでる暁を電が慰めていた。

「マグロ……なんでマグロなのよ。もうすぐイルカショーの時間なのにどうして行かないのよ」

「暁ちゃん、元気を出してなのです。あれはあれで二人とも楽しんでいると思うのです」

「なんか、あの二人、クリティカルにラブとは無縁なのかしら」

「うーん、そんなことはないと思うのですよ?」

 思案顔になる電に、暁はため息をついたが、ふとにやっと笑ってみせた。

「ふ、ふふふ、でも長門さんの好みはリサーチ済みなのよ。この後はきっと良い雰囲気になれるはず……」

「はわわわわわ」

 鬼気迫る笑みを見せる暁に電はおろおろするばかりであった。

 

「…………」

「長門?」

「…………」

「聞こえてるか?」

「……ん」

「そんなに気に入ったか、これ」

「ああ、これは良い……マグロは迫力があったが、こっちはもふもふしたくなる」

 もはやへヴンの領域に到達してしまったらしい長門を、提督は肩をすくめてじっと見つめた。

 長門の目はいつにも増してきらきらと輝き、その頬をわずかに高潮させていた。

 水槽にへばりつき、かれこれ三十分は動こうとしないのである。

 通路の傍らには『ラッコ』の見出しと共に説明文のプレートがはめこまれているが、長門は眼差しは水面に漂う毛むくじゃらの愛くるしい小動物に一心不乱に注がれ、もはや提督の方には目もくれない。

「提督」

「なんだ」

「一匹、お持ち帰りしてはダメか」

「ダメに決まっているだろう」

「ちゃんと世話をするから」

「そういう問題じゃねえよ」

 提督の言葉に、そうかーだめかーだめなら仕方ないなあそれにしても可愛いなあと長門はひとりごちて引き続き意識をラッコに集中させた。

 

「……びくともしないね」

 感嘆半分、あきれ半分で響が言う。

「三十分どころか一時間でも粘りそうね……」

 雷はそう言うと、暁の方をちらと目をやった。

「な、なによ。長門さんは気に入ってるじゃないの」

「でも提督が置いてけぼりなのです」

 電の言葉に暁が歯噛みする。

「おかしいわ、ラッコの可愛さに話が盛り上がるはずだったのに……」

「これは長門さんの嗜好が斜め上をいったということなのかな」

 響の言葉に、雷がうんうんとうなずく。

 提督の信頼もっとも厚い艦隊総旗艦、泣くも黙る第一戦隊指揮、凛として武人然として たたずまいさえ感じさせる長門が実は可愛いもの好きというのは鎮守府では公然の秘密となっている。

 本人はイメージをそれなりに意識しているようで、そういった嗜好は努めて表に出さないようにしているつもりらしいが、行動の端々で好みを覗かせるのは避けられないようであって、訓練であっても外見が幼い駆逐艦の艦娘には手心を加えているのではという疑惑があるほどである。

 その意味では暁の読みは当たったのだが、標的を木っ端微塵にしてしまったらしい。

「でも電たちの前ではあそこまで長門さんはとろとろにならないと思うのです。やっぱり 提督と二人っきりだからじゃないでしょうか」

「同感だね。やっぱりあの二人の信頼関係はそれだけ厚いんだよ」

 響がうなずき、雷の肩をぽんとたたく。

「私のほうはなんとなく分かったからもういいや。雷はどう?」

「……理解はしたけど納得はできないわ……」

 そう答えた後に、雷がごにょごにょと私だったらあそこでああしてこうしてこうくっつくのにとつぶやいたように思えたが、響はあえて聞かないふりをした。

「それにしても提督はどうやって長門さんを次に連れて行く気なのかしら」

 暁が時計を見ながら不安げに眉をひそめる。

「時間がだいぶ押しちゃってる。ゆっくりランチ取る時間ないかも」

「えーっ、そこが一番のハイライトじゃないの」

「私の組んだデートスケジュールを端折ってこれなんて……」

「あれ? そういえば提督はどこいったのです?」

「本当だ。いつの間にかいないね」

「まさか、長門さん置いていっちゃったの!?」

 雷がびっくり声をあげそうになるのを、響が慌てて口を押さえにかかる。

「しーっ、静かに。私達がついてきてるのを知ったら怒られるよ」

「あ、提督が戻ってきたのです……なにか包みを抱えているのです」

「長門さんの肩をたたいて……あれは……」

「ラッコのぬいぐるみなのです!」

 四人の目線の先には、水槽のラッコとぬいぐるみをためすがえす見比べながら、ちょっとはにかんだ表情の長門があった。

「ふうん、やるじゃない、提督」

「結果的に良い雰囲気になった、のかな」

「ほ、ほら、やっぱり私のプランに間違いはなかったわ」

「綱渡りという気もするのです……」

「あ、ようやく動くみたい。みんな、追いかけるわよ!」

 電のツッコミを受け流しつつ、暁が号令をかけた。

 

 

「ときに提督、いま何時だ」

 長門の問いに、懐中時計を取り出した提督は渋い顔をした。

「こんな時間か……まずいな、のんびり食事していては汽車の時間に遅れる」

「とはいえ、食えるときに食っておかねば、いざというときに戦えないぞ」

 ぬいぐるみの包みを片腕に抱き、もう片方の手を腰に当てながら長門は言った。

「提督がこれから行く帝都もまた別の戦場なのだからな」

「あまり気の進まない戦場だがね……ああ、ちょうどあそこがいいかもしれないな」

「ん? ほう、お手軽でいいな。私に異存はない」

 提督が指差した先を見やって、長門がうなずいてみせた。

 

「ああああああああ!」

 二人が向かった先をみて、第六駆逐隊の四名はかすかに悲鳴を上げていた。

 提督と長門はこともあろうに、ホットドッグのスタンドに向かっていったのだ。

 その様子を見て一番ダメージを受けたのは暁である。

「お店……このあとのお店……水槽に囲まれた素敵なランチタイム……」

「はわわわ、暁ちゃん、しっかりするのです」

 ぐったりした暁を開放しようとする電。雷はというと、わなわなと肩をふるわせ、

「好きな人とのランチを屋台で済ませようなんて、提督デリカシーなさすぎ……」

 そういうや、雷はふんと息をつき、

「長門さんも長門さんよ、もうちょっと女の子らしくしなさいよ。せっかく提督にごちそうになるんだから安直に妥協しちゃダメ! ああ、もうちょっと言って来るわ!」

そうして物陰からずかずかと出て行きそうになった雷の服の袖を、くいと引っ張ったのは響である。

「ちょっと待った」

「なによ、響。じゃましないで」

「いいから、もうちょっと二人の会話をよく聞いてみよう」

 神妙な顔の響に、雷は、そして暁も電も目をぱちくりさせた。

 

 提督はホットドッグひとつとドリンクひとつ。

 長門はホットドッグみっつ、ドリンクはラージサイズである。

「……戦艦ってよく食うんだな、しかし」

「腹が減っては戦はできん」

 そういいながら、長門はあれよあれよとホットドッグを平らげていく。

 その食べっぷりを少し目を細めて提督は見つめながら、自分のを淡々と食していく。

 見てる間にホットドッグを完食してのけた長門は、ドリンクに口をつけ、一気に飲み干すかに見えたが……しかし、しばらく黙りこくったあと、提督に顔を向けた。意図せずに二人の視線が絡み合う。長門は少しためらってから、言った。

「……今日は本当に楽しかった。ありがとう、提督」

「どういたしまして。俺も良い気分転換になったよ」

「だが、やはり苦手だな、こういうのは……」

 長門は目を閉じ、ふるふると頭を振ってみせた。

「提督とどう距離をとっていいかわからない」

「いつもどおりでいいんじゃないか?」

「だがデートというのはいつもどおりじゃだめなんじゃないか?」

 そう訊ねる長門の顔は、真剣そのものだった。

「実は陸奥にさんざんレクチャーされてな。手はつないだほうがいいとか、甘えたほうがいいとか。服も、もっと可愛いほうがいいと」

 長門は肩をすくめてみせた。

「でもだめだ。どうにもできなかった。提督も半日つきあってわかっただろう。私には女らしい可愛げがあまりない。そういった振る舞いができない」

「……ラッコのときは結構可愛かったと思うぞ」

「意識してああいうのができれば苦労はしない。わたしが提督と話していて、一番楽しいのは、新しい海域を攻略するとき、どう攻めるか、どう守るか、そんな作戦の話をしているほうが、やはり心が躍る」

 長門はそういうと、じっと提督の目を見つめた。

「だからこそ、聞かせてほしい。なぜケッコンカッコカリの相手にわたしを選んだ? 提督のことを好いていて、もっと女らしい艦娘は他にもいるだろう。なぜ、わたしなんだ? 大和のようにもっと華のある艦娘もいる。金剛のように好意を振りまいている艦娘もいる。付き合いの長さなら伊勢などは最古参の戦艦だ。それを差し置いて、なぜ?」

 問い詰める長門の言葉をじっと聞いていた提督は、空を見上げて、ボソッと言った。

「長門が鎮守府に来たのは、沖の島沖の攻略に苦労していた頃か」

「そうだな……もう、ずいぶんと前か」

「あの頃は俺も大佐にあがったばかり、海域の攻略に苦労していて、とにかく戦力がほしかった。行き詰った現状を打破できるだけの戦力が」

ドリンクを一口飲んで、提督は続けた。

「長門に艦隊を預けたのはその頃からだったな。来たばかりの艦娘に前線指揮を預けるなんてどうかしていると、古株の足柄あたりには文句を言われたもんだ――だけど、長門はやってのけた。見事、沖ノ島沖の敵中枢を撃破し、新しい海域への連絡水路を確保してくれた」

 遠い目をしていた提督は、ふっと肩をすくめると、長門に言った。

「それ以来、艦隊を長門に預けているが、俺の期待を裏切ったことはない。必ず戦果をあげてきてくれる。君でだめならたぶん他の誰でもだめだ――そのあたりが、君を選んだ理由かな」

「それは、つまり――」

 長門は少し顔をうつむけて、苦笑交じりに言った。

「――艦娘として、兵器として優秀だから、なのか……?」

「それはあるかもしれない。艦娘は女性であるが兵器でもある。それは否定できない」

 提督はそう言うと、そっと長門の手を取った。

「それでも、だ。初めて君に出会ったときに何かを感じた。まっすぐに揺らぎのない眼差し、凛とした声音、艶やかな長い黒髪、他の艦娘とは何かが違うと思っていた。だから、任せようと思った」

 提督は長門の手をやさしく握り、続けた。

「いまの俺の君への思いは、戦友としての信頼の上に成り立っている。だが、そのきっかけは――やはり、一目ぼれだったのかもな」

その言葉に、長門の表情がふっと揺らいだ。かすかに目を潤ませたかと思うと、それを隠すかのように目を閉じ、かみ締めるようにつぶやいた。

「そうか……それは……うれしい、な」

 口元にそっと笑みをこぼす長門に、提督は優しい眼差しを注いだ。

「俺が思うに、だ。ケッコンカッコカリは何も恋人や夫婦になるってわけじゃない。それは恋心だったり、愛情だったり、友情だったり、信頼だったり、提督ごとに千差万別だろう。俺と君の場合は、戦友としての、他にかけがえのない全幅の信頼の証だ――いまは、まだ」

 その言葉に、長門がはっと目を見開く。

「いまは……まだ?」

「カッコカリがはずれるとしたら、それは、この戦いが終わって、君が艤装をはずして、艦娘としての『戦艦長門』から、普通の女性になって――そこで、もう一度出会いなおして、そのときに俺の思いと君の思いが変わってなければ、初めて実現するんじゃないだろうか。少なくとも、俺はそう考えている」

 提督の言葉に、長門は憂いを帯びた目で言った。

「この戦い……提督はいつ終わると?」

「それはわからない。いまのところ反撃は順調だが、深海棲艦の勢力はどんどん精強さを増している。どこまで勝ち続けられるか、俺にも見通しはない。だがひとつ確かなことがある」

「……それは?」

「俺の鎮守府では、艦隊総旗艦は長門で、それはずっと変わらない。約束だ」

うなずいてみせる提督に、また長門もうなずきかえした。自分の手をとる提督の手を握りかえすと、そっと自分の胸元にあてて、つぶやくように言った。

「そうだな、それまでわたしはあなたの旗艦として、数多の戦場を戦い抜くと誓おう」

 長門はふっと目を細めた。力強く、それでいて、優しい微笑。

「大丈夫。わたしはあなたと共にある……これまでも、そして、これからも」

 

 二人の会話に、第四駆逐隊の面々は呆然と聞き入っていた。

 皆、一様に頬が赤い。雷などは涙ぐんでさえいる。

 黙りこくった中、最初に沈黙を破ったのは電だった。

「二人の仲はきっと鋼鉄で出来た錨みたいなものなのかもしれないのです」

「……錨? うん、そうだね、そうかもしれない」

 うなずく響に、電もうなずきかえす。

「硬くて冷たいように見えて、それでいってどっしりと重くて、多少の波風ではびくともしなくて。それは電たちの考えるみたいなほわほわしたものとはちょっと違うけど、それでも、ううん、それだからこそ」

「何も心配することはなかったね」

 響がそう言うと、涙をぬぐいながら雷が答える。

「ど、どうせ分かっていたわよ。ちょっと確かめたかっただけなの!」

 ちょっとムキになってみせる雷に、暁が肩をすくめる。

「二人のことはよくわかったけどプラン担当としてはこのデート結果はちょっと納得いかないわ……」

「もっとムードのあるコースなら、もっと良い感じになったかもしれないのです」

「そうよ、さっきのあの雰囲気ならちょっと押せば、キ、キスぐらい――」

 興奮気味にさえずりだした面々を見て、響は慌てて、

「みんな、あんまり騒ぐと見つか―――」

 

「――わるいこはいねがー」

「ひゃあ!?」

「提督!?」

「見つかった!?」

「いつのまに!?」

 目を白黒させる第四駆逐隊の面々を見ながら、提督は鬼瓦のような顔をしてみせた。

 その後ろでは長門が腕組みをして、じろりとねめつけている。

「第六駆逐隊は、この時間は遠征に行ってるはずだが……」

「あ、あの、これはその」

「ゆ、夕張さんにはちゃんと許可もらってきました!」

「暁ちゃんのバカ、それは言っちゃだめ!」

 長門から立ち上る何かがゆらりと揺らめいたように見えたのは気のせいか。

「ほう、夕張もグルか。共犯者は多そうだな」

「え、えっと……」

「気をーつけ!」

 長門の号令ひとつで、びしっと第四駆逐隊は直立不動になった。

「回れー右! 鎮守府まで駆け足! 到着次第、第四駆逐隊はただちに鼠輸送作戦にとりかかれっ!」

「は、はいっ!」

 号令一下、暁、雷、電、響はぴゃーっと逃げ出す勢いで駆け去っていった。

 長門はしばらく険しい顔で見送っていたが、ふっと表情をゆるめると、

「やれやれ……本当にこまった子たちだな」

 その様子を見ていた提督はボソッとつぶやいた。

「長門って本当に駆逐艦には甘いのな……」

「そんなことはない」

「顔がにやけているぞ、ほれ」

「ひゃっ」

 頬をむにむにとつつかれて、戸惑い顔になる長門に、提督は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「ああ、ひとつだけ言っておこう。こういうときの長門はとても可愛いぞ、うん」

「な……その……それは……」

「だめだったか?」

「いや、あなたにそう言われるのは……きらい、ではない……」

 照れながらかすかに笑みを浮かべる長門。それにつられて提督も微笑む。

 やがて、二人は歩き出した――我が家へ。二人のいるべき場所、鎮守府へ。

 

〔了〕

 

 
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