No.801158

かげのわ小話

ミヤマなガマズミさんは 野分×陽炎 でイラスト・SSを描いて(書いて)みてください http://shindanmaker.com/559327
に則って書きました。
野分着任後、すぐの出来事、のその後。前日譚はそのうち。

2015-09-08 22:06:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1560   閲覧ユーザー数:1537

「野分〜! お〜い、のーわーきちゃーん!」

「あ、呼びましたか? 陽炎さん」

 穏やかな風に当たっていた野分は、すぐ後ろで自分を呼ぶ声が聞こえたため、慌てて振り返った。見れば、腕を組んで立っている長姉の姿。声の調子から少し苛立ってるのか、とも思ったが、陽炎は一呼吸してから微笑んだ。

「うん、呼んだ呼んだ。あ〜、すぐ見つかって良かったわ」

「すみません。勝手に抜け出してしまって……」

「全くだわ。何のために入院させたのかわからないじゃないの」

「少し、潮風に当たりたくて……」

「そう」

 野分は、昨日の演習で負った怪我の経過観察のために、昨夜から基地内の病院に入院していた。腕の骨折と打撲が数カ所いう診断で、今日はもう午後の退院が決まっていた。この後、寮に移ることになる。

 演習で怪我を負うことは、新任の艦娘ではたまに起こりうる。生体と艤装のマッチングが上手くいかず、生体を保護する障壁を展開できないことが原因だと言われている。その結果として、生体がダメージを負うことになる。これは、艤装が過負荷状態、つまり大破や燃料枯渇による機能停止時でも起こることが確認されている。その場合は、修復や燃料の補給により改善される。今回の野分の場合は、慣熟行動を重ねることで改善されるもの、との結論が出されている。

 退院の手続きと、同伴は谷風に任されていたが、彼女が病室に行ってみれば、野分のベッドは空だった。トイレかな、としばらく待ってみても、戻ってこない。そこで、谷風は陽炎に連絡を入れた。

 ああ、陽炎。野分がいなくなったよー。

 通報があってから数分後、病院に急行した陽炎は、谷風と手分けして野分を探した。そして、さらに十数分後、陽炎達艦娘が普段使う港湾エリアの対岸の埠頭で、海に向かって佇む野分を見つけたのだった。

 谷風に、野分が見つかった旨の連絡を入れ、陽炎は野分の名を呼んだのだった。

「陽炎さんは、どう思いましたか?」

「あいにく、その演習は見てないのよね。私がいたら、そんな無茶苦茶なことはさせなかったわよ」

 陽炎は野分を見る。骨折した左腕を、化繊のスリングで首から吊っている姿は、正に怪我人然とした有り様で、痛々しく写ることだろう。

「ああ、大丈夫ですよ。骨折と言っても、ひびが入っただけですから」

「そういう問題じゃないのよ。朝潮だって、まぁ、多少は不本意なところはあったでしょうけど……」

「朝潮さんは強いですね」

「何寝ぼけたこと言ってるのよ。タイマンでフルボッコにされた上に、大ケガさせられた相手をなんで褒めるのよ」

「演習で使ったのは、模擬弾ですからね。最悪の事態は起こらなかったでしょう」

「ああ、そう。それはおめでたいこと」

 問題なのは結果じゃないんだけどね、と陽炎は口を尖らせる。

「陽炎さん」

「それ、やめてくれる? さん付け」

「でも」

「でももくそもないわ。私は、あんたのこと、野分さんとは呼ばないから。あんたも陽炎って呼びなさい。いい?」

 野分は首を傾げる。

「それは……、命令ですか?」

「命令でもいいわよ。確かに、経験でも、艦隊内の地位でも階級でも私の方が上だもんね」

 陽炎は大きく笑い声を上げてから、吐き捨てるように言う。

「でも、そんな命令なんてくそくらえだわ。建前上、そんな風になってるけどね。少なくとも、うちの中では無効よ」

 気風良く言い放った陽炎に、野分はクスリと笑みを漏らす。

「わかりました。では、陽炎の希望通りにします」

「そうしてくれると助かるわ。ああ、私だけじゃないわよ。陽炎型は基本呼び捨て。それが私達のルール。これは私と不知火と黒潮で決めたことだから。もし文句があるなら三人まとめて説得しなさいよね」

「心得ました、陽炎」

 陽炎は、わかればいいのよ、と言ってニッと笑った。その人懐っこい笑顔に、野分は金髪の少女の面影を見た。屈託なく笑う様は、よく似ている。少々騒がしいところもそうだろう。

「いきさつは多少聞いたけど、司令に無茶言ったんだって?」

 野分は、はっとして陽炎の顔を見上げた。眉根を寄せて、少しだけ不機嫌そうな雰囲気を漂わせる。

「はい。生意気な口を叩いてしまいました」

「舞風のことで?」

「そう、ですね。それが一番大きいと思います」

「なるほど。……一番ってことは、他にもあるわけね」

「舞風以外の理由は、本当にちっぽけですけどね」

「まぁ、そっちはわかるわ。私も、他の皆も大概そうだったから。もちろん、朝潮もそうだったわね」

「そうですか。それなら、私も、みんなと同じ道を辿ってきたということですか」

「道はおんなじかもしれないけど、いきなりそんな思い切った近道しようとするのはあんただけみたいよ。ウォーミングアップしないで全力疾走なんてね」

「……そうでしたか」

「ああ、そうだ。これから、ちょっと耳痛いこというけど、いいかしら? さっきも言ったけど、一応建前上は指導しないと行けないからね」

 既に野分の耳にちくちくと刺を刺しているのだが、野分は極力平静を務めて返す。

「はいもちろん。どうぞ」

 陽炎は大きく息を吸い込んで、吐くと同時に声のボリュームを最大限に上げた。

「あほ。うぬぼれんな。このすっとこどっこい。白馬の王子様にでもなりたいの?

 舞風はあんたに守ってもらわないと行けない程弱くないわよ。むしろ、うちでは上から数えた方が早い練度よ。

 それを何? 守りたい? ばかじゃないの!?

 そんなこと言ったって、舞風の足引っ張って、あの娘に守られるか、曳航されて帰港するかのどっちかよ。そんなこともわからない?

 焦るのはわかるけど、あんたはそのせいで、遅れをとったのよ。本当に莫迦じゃないの?」

 あっという間に、陽炎の口を飛び出した言葉の数々に、野分の目が点になる。

「大体、右も左もわからないのに、いきなり順序もなにもかもすっ飛ばして司令に直談判してるのもわけわかんないわよ!

 僭越だってんなら、もっと諌言してほしいこといくらでもあるんだから、そっちやりなさいよ!

 そうした方が、周りも助かって一石二鳥なんだから!

 あと、そうそう、何より優先するべきことは慣熟よ。慣熟。先ずは慣れること。その体にも、この世界にも、世間様にもね。

 それが終わってから、次のステップよ! それでも舞風の下で、あの子の指導を受けながらひーこらひーこら言って訓練訓練また訓練! 月月火水木金金毎日訓練訓練!

 それが板についたら、ようやく半人前よ!

 ……え〜と、あと何だっけ?」

 陽炎の早口が、機関銃のように言うべきを言い終わって、次の言葉を探す間に、野分はクスクスと笑い始めた。

「そのメッセージは、何人分ですか?」

「さあねぇ、ざっと20人分くらいかしら? まあ、同じ内容は割愛したけど」

「ありがとうございます」

「ちょっと、何泣いてんのよ!?」

「すみません……」

「ああ、もう、これじゃあ、私が泣かせたみたいじゃないの……。ったく」

 野分は少女らしいほっそりとした指で、自身の涙を懸命に拭う。陽炎がその肩を、陽炎と比べてやはり幾分か細いそれを、抱き寄せて、背中をポンポンッとたたいてやる。しばらく、無言のまま、野分は陽炎の肩に顔を埋めながら、呼吸と涙を落ち着かせる。

「落ち着いた?」

「はい。すみませんでした」

 陽炎が野分の肩にまわしていた腕を下ろすと、彼女の体が離れる。わずかなぬくもりの余韻を感じながら、陽炎は行き場を失った両腕を肩の高さまで上げておどけてみせる。

「まぁ、いいのよ。それなりに伝わったみたいだし」

「はい。ここに刻み込んでおきます」

 野分は、自由の利く右手で、自身の胸をトンっと叩いた。

「気障なことするわね。頭に叩き込みなさいよ、頭に」

「そちらにももちろん」

 野分が笑みを作る。今しがたの涙を感じさせない、精悍さを持った凛々しい顔だ。良い顔をした、とでも思ったのか、陽炎も満足げに首肯する。艦娘が少女の姿をしていても、彼女達は見た目通りの年齢ではないし、彼女達の精神は概ね、その容姿に似つかわしくない程成熟していることが多い。中には、老獪、という言葉以外に形容できない娘もいる。それは頼もしくもあるが、いざ彼女達をまとめようとすると、その難儀さに辟易することになる。

「陽炎。私は、みんなのようになれるでしょうか?」

「愚問ねぇ」

「すみません」

「なってもらわないと困るわよ。ただでさえ手が足りないんだから。少しは先輩達に楽させてやりなさいよ」

「はい」

「さっきも言った通り、まずは、慣れなさい。体にも艤装にも。そしたら、また指導してあげるから」

「わかりました」

「まぁ、まずは座学かしらね」

 陽炎は大きく息をついた。自身の着任したての頃を思い出したのか、ぶるっと体を震わせる。

 艤装の慣熟も大事だが、それと同様に必須なのが、この狭い鎮守府で生活する術なのだ。艦娘はまず、それを叩き込まれる。新入りには出撃などまずあり得ないため、着任当初は山の様な資料を渡され、さまざまな講習を受ける。並行して先輩艦娘が培った航海・戦闘などに関する技術の習得、それを実戦形式で演習し、護衛任務や遠征任務などで実戦のデビューを果たす。

 今でこそマニュアル化され、先逹による指導もあり、習熟速度もかなり向上した。だが、初期の頃は正に手探り状態であった。あれやこれやと工夫しながら効率的な方法を確立して行ったのは陽炎達、いわゆる初日組である。

 陽炎は二度三度頭を振って、野分ならすぐ飲み込むか、とつぶやいた。

「ああ、そうだ。そういえば、朝潮からは何か言ってきた?」

「浜風経由で手紙をいただきました。いつでも、殴りにきてください、と」

「ああ、あんたにぶち込んだ分だけ殴られていいってことか。あいかわらずマゾいなぁ……」

「そこはきまじめだなぁとか……」

「司令の命令だから、殴るのは司令にしなさいね」

「そ、そんなことできませんって」

「何でできないのよ。もうあんた、言葉で殴ったんじゃないの? ……まぁ、いいわ。じゃあ、私が代わりに殴っとくから」

「そんなことも望んでませんって!」

「じゃあ、朝潮を殴るの?」

「違います」

 野分は一つ咳払いして、続ける。

「もっと、私が、皆さんの一翼を担えるようになったら、また一対一で演習をしてもらおうと」

「ああ、リベンジマッチってやつか。いいんじゃない?」

「陽炎の言葉は、どうもいちいち引っかかります。別にリベンジって訳ではありません」

「いいのよ。あんたがそう思わなくても。周りはそう捉えるから。着任早々ぐうの音もでない程ボコられた野分が、苦労を重ねて、朝潮にあの時の借りを返す。ああ、否応なく盛り上がるわね、これは」

「それは、私としては本意ではありません……」

「何言ってんの。あんた達にかこつけて楽しみたい連中にそんなこというのは、野暮ってもんよ。

 それで丸く収まるのよ。もちろん、結果がどうあれ、ね。

 いい? あんたはちゃんと朝潮に決闘を申し込む。ただし、あんたと朝潮は、外野に文句を言わない。もっと言うと、衆目にさらされないところでやられたって、困るのよ。もう、あんたと朝潮の勝負は多くの娘が見てるんだから。その娘達に、皆の見えないところで朝潮と再戦しました。私達にわだかまりはありません、てへっ、なんて言った日にゃ、どんな目に遭うか考えてみなさいよ」

「わ、わかりました……」

「よろしい」

 陽炎は満足げに頷くと、野分の頭を子供のようになでる。

「それでこそ、我が妹艦ね。お姉ちゃんの顔を立てておくと、今に良いことが起こるわ。請け負うわよ」

「はぁ」

「まぁ、それはそれでいいとして」

 陽炎はポケットから携帯電話を取り出した。秘書艦や、なにがしかの役目を負う艦娘には鎮守府内にいる際には携行を義務づけられている。どこかに発信するそぶりを見せる陽炎。

「ああ、舞風、野分見つかったよ。うんうん。そうね、それがいいかな。え? それはちょっとかわいそう……」

「な、何のお話ですか……?」

 陽炎が手で野分の発言を制して、一言二言相手に、恐らく舞風に、伝えて電話を切った。そして、陽炎は野分の両肩に手を置いて、目を伏せる。

「残念ね……。でも大丈夫。私は野分を信じてる」

「え、ちょっと、恐いですって」

「さ、病室に戻るわよ」

「今のは、今のは何の話ですか!?」

 野分は、陽炎に強引に手を引かれて、海軍病院まで曳航されていった。


 
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