No.933165

さくら 4

野良さん

式姫草子の二次創作小説になります。
……と言いつつ、式姫出てこないってマズいよね、アハハハノハー

2017-12-13 20:55:45 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:539   閲覧ユーザー数:530

 春だというに、その山は死のような静けさだけが支配していた。

 時折微かに、彼女がいちいち捉えきれない程度の生き物が立てる音が、微かな命の存在を示す。

 

 お前は、アレが何か判るか、呪い師?

 

 山中の道を行きながら、傍らの武者が低く声を発した。

「何?とは」

 私には、彼が何を言いたいのか、何となく判ってはいた。

 だがはぐらかした。

「アレは、鬼では無い」

「……そうですね」

 術や妖の専門家でも無い彼の断定に、私は反論できなかった。

 恐らく彼は、何度も鬼と呼ばれる存在と対峙し、ああやって切結んだのだろう。

 刃を合わせる時とは、すなわち相手と気を合わせる事でもある。

 その彼が言う、彼女は鬼では無いと言う言葉には、それだけの重みがあった。

 

 そして、それは私も思っていた事。

 角が無かったとか、そういうのは些末な問題。

 妙な言い方だが、彼女には、いわゆる鬼と呼ばれる妖の持つ特有の「人くささ」という物が無かった。

 並はずれた暴力、色欲、権勢欲、悲しみ、怒り、恨み、そして愛。

 人の器を溢れる程の、こころ。

 そのあふれ出した心を抱えた存在が鬼となる……そんな伝承があるように。

 鬼とは、人以上に人らしい存在なのだ。

 

 だが、彼女には、何もなかった。

「変な言い方だがな……俺は人形と戦ってるんじゃないかと思ってしまったよ」

 その声に、若干の戸惑いと、更に微量の恐怖を、私は感じ取った。

 それは怯懦とは違う、生き物として当然感じる感覚。

「人形では、ありませんよ」

 人形なら、もっと。

「動く人形なら、それを作った人の想念が多かれ少なかれ籠もりますから」

 

 もっと、人らしい。

 

「彼女は、人形ですら無いですよ」

 彼女には、それすら無かった。

「……そうか……薄気味悪いな」

「そうですね」

 薄気味悪い。

 確かにその通り。

 だが、それは余りに哀し過ぎる命ではあるまいか。

 

「それで……結局あれは何なんだろうな」

 

 そこに、再び疑問は還る。

 彼女は何なのか。

 何故、あんな命が産まれてしまったのか。

 色々考えあわせ、私の持つ神仏、妖魔、幻獣、それらの知識と、彼女を実見した結果を私なりに考えた。

 答えは多分。

「多分ですけど」

 嫌な事実を、自分の中にだけ飲み込む事が嫌で、私はそれを表に放り出す事にした。

「うむ」

 彼の返事も、何かを予感しているのか、どこか重い。

 

「人ですよ……紛れも無い」

 

「……そうか」

 彼は、静かにそれだけ呟いて前を向いた。

 驚きは無かった。

 彼もまた、彼女と戦う中で私と同じ結論に至り。

 

「ならば、やはり止めねてやらねばならぬな」

 

 私と同じ決意を抱いて、この山道を登っていた。

 

「はい」

 

 恨みならば晴らしてやる事も叶おう。

 願いならかなえてやれる事もあるだろう。

 欲ならば満たしてやる事も出来よう。

 だが……彼女の抱えた、全ての命を求め、なお埋まらぬ深淵のような虚無を埋める術は、恐らく、存在しないから。

 

 せめてこれ以上、あの虚ろな魂が彷徨うのを止めるしか、出来る事は無いと。

 二人とも、悟っていた。

 

 私たちの少し前を行く鬼火が、怯えたようにぴくりと震えて、私の手元に戻る。

 よしよしと撫でてやると、安心したようにまた少し私たちの前に戻ってくれた。

 この狐火はまだ未熟な私に似つかわしく、臆病な性質をしている。

 まぁ、それが良い警告になる事が多いので、寧ろ重宝なのだが

「むぅ……」

 狐火がおそるおそる照らしてくれた光景に、期せずして同じ唸りが口から零れた。

 狐火が怯えたのも無理はない、青白い光に照らされ、後詰隊の隊長と、彼に従っていた陰陽法師が、原型を留めぬほどに切り刻まれて転がっていた。

 何れ、彼も私もこうなるのだろうか。

「……南無」

 悪いとは思ったが、供養は後にさせて貰うしかない……私は二人を片手拝みにしつつ、転がっていた太刀を拾った。

 剣は得手ではないが、どうもこの先、丸腰では心許ない。

 すっと抜いてみると、驚くほどするすると、まるで自ら抜けるかのように、刃が夜気の下に姿を現す。

 鞘に収まったままの、刃こぼれ一つない太刀は、彼が不意を打たれた一撃でやられた事を意味していた。

「ほう、業物だな」

「銘までは判りませんが、かなり古い物ですね」

 しかも、何やらただならぬ気配を感じる。

 まだ確とは定まっていないが、何らかの神霊が宿る気配。

 いずれにせよ、彼の家に伝わる重宝だろう。

「ふぅむ、実に切れそうだ、しかも丈夫そうな……」

 使います? と差しだしたが、彼は苦笑して頭を振り、陰陽法師の持っていた、どちらかと言うと枝を掃う為のような山刀を手にした。

「俺のようながさつ者にはこちらが似合いだ、それはお主が持っておれ」

「私の腕では勿体ない気もしますが……」

「こういう神がかりの顔をした道具なら、ヌシの方が向いていようさ」

「そんな物ですかね」

 相変わらずの、彼の勘の良さに舌を巻きながら、腰に佩いてみると、長さの割にすんなりと収まった。

 長さと反りと重さが絶妙に調和しているのだろう。

「……申し訳ない、お借りしますよ」

 我が生あらば、彼の家にお返しする事も叶いましょうから。

 そう呟いて、再び歩き出す。

「何人、生きて居ると思います?」

「さてな……」

 望み薄だ、という、彼の口の中だけの小さな呟きも、私の耳に届いてしまう静寂の中。

 私たちは、不意に広い場所に出た。

 登り初めた、淡い月光の中。。

 立派な老桜が、拡がる枝一杯に付けた花に月の光を受け止めて、その広場をほの白く照らしていた。

「……居たぞ」

 その老桜の下に、彼女は佇んでいた。

 両手に刀を構え。

 全身を紅に染めて。

 

 私たちに、あの虚ろな目を向けていた。

「ご主人様」

 さくらの声が涙に濡れていた。

「お別れ……なのですね」

「そうだよ」

 逃れられない、人という脆い器の限界。

 ずっと悩んだけど。

 私は、この命の終わりを、受け入れる事にした。

 だからね。

「最後は、君と、一番良い景色の中で迎えたかった」

 最後まで、我儘な主で、すまない。

「……」

 無言のさくらに、私は言葉を続けた。

「そして、君は」

 私という、君を縛り続けた桎梏から。

 

「解放される」

 

「……嫌です」

 やだ……。

 幼子のような嗚咽が零れる。

 すまないな、さくら。

 私は、君を悲しませてばかりだ。

 でもね。

「必要な事なんだよ、さくら」

 私の声に、何かを感じたのか。

「……はい」

 俯いたまま、さくらは私の手を離し、私に背を向け、一歩一歩、その広場に歩み出した。

 大きな金の月に照らされ、老桜の木は、花を散らしだしている。

 その中に、彼女は一歩、また一歩と。

 時を踏みしめるように、ゆっくりと歩いて行った。

 私は、その光の中に歩む後ろ姿をじっと見ていた。

 さくら……やはり君は美しい。

 

 この世界で、初めて式姫となりし君よ。

 

 老桜の下に佇み、彼女は何を思うのか、暫し、その巨木を見上げていた。

 値千金と詩われた春宵の終わりを告げるように、風に僅かな寒さが混じりだす。

 月の輝きが銀の色を帯び、桜の花が白い光を帯びる。

 あの時のように……。

 その光の中。

 さくらが振り向いた。

 手に何を携えている訳でも無く。

 傷一つない滑らかな頬を、今は虚ろでは無い、澄んだ目から零れた、自身の涙で濡らしていたが。

 

「陰陽師」

「何だ?」

 

 私は今、あの時と同じ、破壊の女神と対峙していた。

 


 
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